減圧障害の治療として当然と考えていた再圧治療(高気圧酸素治療)が必要ない、という仮説が話題題となっています。

いや、正確には話題となっているのはダイバーの中ではごく一部ですが、逆に、再圧治療は必要と考えている医師の声もあり、学会で正反対の見解が、ふんわりと話題となってしまうことこそ問題かもしれません。

まずは、何が起きているのか整理してみます。

学会で述べられた“再圧治療不要”論

2016年の「第51回日本高気圧環境・潜水医学会学術総会」では、“チャンバー”と呼ばれる高気圧酸素治療装置の運用と、緊急時の酸素吸入についてトピックスとして注目していましたが、酸素吸入による“治療”の可能性も述べられました。

予定稿では、再圧治療を否定するものでなく、「酸素再圧治療と大気圧下酸素吸入との治療効果を比較した報告はない」との記述にとどまっていますが、「再圧治療無しで、酸素吸入のみの治療」という、さらに踏み込んだ仮説も披露されていました。

【まとめ】減圧障害に酸素療法が有効であることに異論はないが,高気圧酸素治療の1つである酸素再圧治療と大気圧下酸素吸入との治療効果を比較した報告はない。減圧障害に対する酸素再圧治療の効果を否定するものではないが,発症時のファーストエイドとしての酸素吸入は症状改善度が高く積極的に推奨すべきと考えられる。

減圧障害は酸素吸入で改善する ~沖縄県の取り組み~ 減圧障害に高気圧酸素治療は必要か?酸素 吸入のみでの対処(予定稿P61より)

私自身、総会取材レポートの最後で、このように触れています。

(酸素吸入は)あくまで施設のない場所での緊急のファーストエイドとして、あるいは、再圧治療へのつなぎと考えるだけでなく、「酸素吸入だけでよいのでは?」といった、個人的にはラディカルに聞こえる見解もあったりします。その効果、運用も含めて、インストラクターはもちろん、医師の中でも見解は分かれる話なので、エビデンスも含めて今後の動きに注目したいと思います。

減圧症治療の在り方と酸素使用を巡る、一般ダイバーへの影響 ~「第51回日本高気圧環境・潜水医学会学術総会」雑感

もちろん、全体のプログラムを見てみれば、ひとつの見解に過ぎませんが、これまでの常識を覆す論とあって、ダイバーとしては注目せざるを得ません。

さらに、翌2017年の「第52回日本高気圧環境・潜水医学会学術総会」では、合志清隆先生(琉球大学医学部付属病院 高気圧治療部)が、将来的に、減圧障害に対して酸素再圧治療が適応されなくなる可能性にまで踏み込みました。

今後の高気圧医学も方向性を予測すると2つの疾患が重要である。1つは減圧障害であり、酸素再圧治療(HBOの1つ)が唯一絶対との盲信は終わるであろう。神経系の減圧障害の治療では、治療開始時間にも通常のHBOも酸素再圧治療では、治療開始時間にも通常のHBOも酸素再圧治療でも結果に差はないと複数の報告があるからである。実際に米国の大学病院では、減圧障害に緊急の酸素再圧治療は行われず、予定疾患として通常のHBOが実施されていると聞いている。(略)将来的にHBOの適応から外れる可能性さえある。

高気圧医学と30年(予定稿P28)

総会の会長であることもあり、インパクトも大きいでしょう。

再圧治療に疑問を投げかけ、海外事情を示し、「減圧障害に再圧治療が必要なく、大気圧下での酸素投与が治療である」という論が披露されました。

我々ダイバーとしては、再圧治療を受けずに、酸素吸入のみで治療ができるのであれば、それはメリットしかありません。ある意味、夢のような話ですが、学会の中でも意見がわかれています。

今後十分な数の症例が集まり、新たなエビデンスが構築されれば別でしょうが、現状、減圧障害における治療の第一選択肢が再圧治療であることに留意する必要がありそうです。

一刻も早い再圧治療が必要
DAN JAPANの見解

こうした動きに呼応するように、従来通り、減圧障害には(特に重症の場合)、一刻も早い再圧治療の必要であるという立場のDAN JAPANは、改めて、その会員誌「Alert Diver Monthly」(2017年SEPTEMBER Vol.07)の中で、再圧不要論のカウンターともいうべき、再圧治療の見解を述べています。

DAN JAPANとは
1992年(平成4年)1月に発足した、レジャー・スクーバダイビングの安全性の向上を目的とした団体。一般財団法人 日本海洋レジャー安全・振興協会が公益事業として運営している。会員制で運営されており、緊急サービス、レジャーダイビング保険、安全情報の提供、トレーニング、研究等を通じ、安全にレジャーダイビングが楽しめる環境を整えている。世界で5つある「IDAN」(インターナショナルDAN)のひとつであるため、世界の主だったダイビングエリアとも連携・協力が可能だ

DAN JAPAN

再圧治療の見解として、まず「重症減圧障害に一刻も早い再圧治療が必要であることはいいとして、軽症例にも緊急の再圧治療は必要でしょうか」という問題意識から始まっています。

「mild DCI(軽症減圧障害)」という概念のもと、軽症減圧障害と、緊急再圧治療を要する重症減圧障害を定義する意義について述べています。

米国の高気圧潜水医学会である「Undersea & HyperbaricMedical Society( UHMS)」は、2004年、mild DCI(軽症減圧障害)に関するワークショップを開きました。そこではmild(軽症)な症状・所見が定義されました。また、これらは進行性でない(時間の経過で悪化しない)ことが求められました。そして、これらの症状・所見は再圧治療なしでも治療可能とされました。
ただし、ここで注意しなくてはいけないのは、軽症減圧障害で再圧治療が禁忌、となったわけではないということです。種々の事情で緊急の再圧治療が行えなかったとしても患者に不利益はないだろうとのコンセンサスであり、再圧治療が可能であれば、行うことに問題はありません。

「Alert Diver Monthly」(2017年SEPTEMBER Vol.07)「減圧障害への新しい取り組み」(小島泰史 日本高気圧環境・潜水医学会認定高気圧医学専門医、日本高気圧環境・潜水医学会評議員)より

つまり、以下のような課題があるものの、再圧治療が必須でない軽症減圧障害と緊急性の高い重症者をカテゴライズしましょうというトレンドです。

【課題】
●mild の定義に当てはまらないものは、すべて緊急再圧治療が必要なのか?
●mild か否かの判断には医師の評価が必要とされているが、遠隔地で医師が不在の場合、一見mildと思える場合でも、事故ダイバーを医師に診させるために緊急搬送しなくてはいけないのか?

※ちなみに、2017年6月29日から7月1日にアメリカで開催された「UHMS 2017 ASM」の最新の潜水医学と高気圧酸素治療に関するレポートを最下記に転載します。

正反対に聞こえる2つの論
重症患者への対応がポイント!?

合志先生とDAN JAPANの見解は、「減圧障害の中でも、再圧治療が不要なケースがある」という点では同じかもしれませんが、その対象者が、前者が重症者で、後者は軽症者ということが決定的に違っています。

特に重症者に関しては、重症者には効果が無いのでは?とする論に対して、DAN JAPANは一刻も早い再圧治療を推奨しているので、その点、正反対に聞こます。

再圧不要論を巡る
一般ダイバーへの情報発信

こうしたアカデミックな世界での議論が、一般ダイバーが接する機会も出てきました。

2018年2月と4月、JCUE(特定非営利活動法人・日本安全潜水教育協会)主催により開催された「琉球大学医学部附属病院 公開講座」では、合志先生より、「早急な治療が本当によいのか?」という問題提起のもと、脊椎型の減圧症に関して、再圧治療の開始時間は“無関係”、“重症者は諦める”など、エビデンスを示して解説されました。

個人的な感想としては、神経系における重症は、ともて回復が難しく、高圧酸素治療であれば何でも治るというのが盲信ということであることをおっしゃりたかったのかなと推察します。

しかし、アカデミックな世界での評価が定まっていない議論を、こうした一般ダイバーも参加できるセミナーで伝える場合は、その情報発信の方法も重要になってくるでしょう。

こうした情報発信が不適切で、適切な治療について混乱することを危惧してか、2018年4月8日(日)、「第26回マリンダイビングフェア2018」会場内で、DAN JAPAN主催による安全セミナーが開催。

セミナーの中では、鈴木信哉先生(亀田総合病院救命救急科部長・高気圧酸素治療室室長/元・海上自衛隊医官)により、減圧障害の発症メカニズムから、酸素、高気圧酸素治療の重要性などが解説されました。
※会員誌「Alert Diver Monthly」(2018 MAY Vol.14)に講演内容が収録されています

神経系の減圧障害も含む重症者に対して、いかに早期の高気圧酸素治療が重要かを解説していますが、やはり、合志先生の論と真逆に聞こえます。

その疑問を、率直にセミナー最後の質疑応答でぶつけてみました。

見解の分かれる再圧治療不要論
鈴木先生への質疑応答

寺山

今回、再圧治療の有効性を詳細に教えていただきましたが、逆に、再圧治療が不要とする意見を聞こえるようになってきました。

論を唱えている合志先生は、早期の酸素吸入が重要というところまでは先生と同じですが、その後、重篤な場合、脊髄型の減圧障害などでは、治療までの時間は無関係である、あるいは、むしろ重症化するおっしゃっています。これは、先生とおっしゃることと逆のことを言っているように聞こえるのですが、我々一般ダイバーは、どのように受け止めればいいでしょうか。

鈴木

その引用されている文献自体の解釈が間違っていると思うんですね。

どこが間違っているかといいますと、あの論文は、重症の症状があった場合には治療が効きにくいというスコアリング、つまり、重症スコアリングを評価するための論文なんです。つまり、重症であればあるほど効かないというのはそれは当然のことです。そのことをもって、再圧治療が重症には効かないというのは、飛躍し過ぎて、間違った解釈です

寺山

普通にダイビングを楽しんでいるだけのダイバーとしては、潜水医学の偉い先生が言っていることだと、割とそのまま率直に受け止めてしまいます。
どこで誰にリーチするかで、減圧症の対応が真逆になってしまうと混乱すると思いますのえ、学会の中で議論を深めていただけたらありがたいと思います。
ありがとうございました。

鈴木

全世界、どこのダイビングドクターを見ても、減圧障害の治療に再圧治療がいらないといっている方はどなたもいません。
なぜそういったことを言われているのかまったく理解できないです。

さいごに

ダイビングの安全は、ダイバーそれぞれが情報を得ることから始まります。

今回、ダイバーに密接に関係する減圧症の対応において、真逆に聞こえる論が聞こえる状況になってきたので、把握している限りの、再圧治療不要論を巡る流れをまとめてみました。

これからも注目してきたいと思います。

【参考資料】UHMS 2017 ASM

「Alert Diver Monthly」(2017年SEPTEMBER Vol.07)より抜粋

2017年6月29日から7月1日にアメリカで開催された「UHMS 2017 ASM」。
最新の潜水医学と高気圧酸素治療に関する議論が行われた。

【プレコースでの議論】
2004年UHMSワークショップで定義されたmild DCIの定義はもう少し緩めて(範囲を広くして)いいのでは、たとえば頭痛をmildに含める、医師による評価が必要との条件を外す。
◎再圧治療をしなくても不利がないものとしてmildを定義したが、再圧治療が不要というわけではない。
◎浮上後12時間を超えての発症に重症例はない。
◎ mildがsevereに進行することはほとんどない。
◎Ⅰ型、Ⅱ型分類は古い、発症後の経過(症状悪化、安定、改善)及び臓器症状の組み合わせで重症度を考えることが患者管理上有用では?
◎重症は6時間以内、軽症は12 ~ 24時間ないしはそれ以上の待機が可能では?
◎しかし、遅れても再圧治療は考慮すべき。
◎発症後6時間以内に再圧治療されたのは全体の10%のみであり、現場での対応は重要。
◎常圧酸素投与は重要だが、十分に普及していない。
◎遠隔地では訓練を受けたテクニカルダイバー前提で、水中酸素再圧治療も選択肢に入れていいのでは?

【パネラーと演題】
●Presentations of Decompression Illness and Diagnostic Pearls( Holm JR)
●DCI, First-Aid strategies & evidences? Underpinning them( Lafere P)
●Common pitfalls when divers present to hospitals or doctors without expertise in diving medicine( Bennett M)
●Remote triage of DCI( Mitchell SJ)
●Transporting a diver with DCI and the effect of increasing delay to recompression on outcome( Kot J)
●In-Water Recompression( Doolette DJ)

【訳文】
●減圧障害とその診断についてのヒント (Holm JR)
●減圧障害における応急手当の戦略とエビデンス (Lafere P)
●潜水医学の専門知識を持たない医師が事故ダイバーを診察した際に陥りやすい落とし穴(Bennett M)
● 遠隔地における減圧障害のトリアージ(Mitchell SJ)
●減圧障害を発症したダイバーの搬送、および再圧治療の遅延の影響(Kot J)
●水中再圧( Doolette DJ)

(※DAN JAPANにて訳文を作成)