提言者

中田誠氏/市民スポーツ& 文化研究所 特別研究員

 

Profile なかだ・まこと氏

商品スポーツ論を中心に研究活動を行っている。

東京大学潜水作業事故全学調査委員会委員、消費者庁消費者安全調査委員会専門委員などの委員歴をもつ。

日本スポーツ法学会などに所属。

専門書、一般実用書への執筆のほか、専門雑誌での論説や論文に至るまで、幅広く著作活動を行っている。

 

テーマ選出の理由

漂流のリスクに備えるには、受け入れ体制や潜り方など、いくつかのアプローチがありますが、道具や装備の観点から検証し、有効なものを知っておくと安心です。

そこで、ダイバーはどのような装備が必要なのか、さらに、ダイバーが身につけておくと有効な具体的なエマージェンシーグッズを提言していただきます。

 

提言内容

漂流事故の予防と救出の可能性を高めるために大切なこと

ドリフトダイビングの際に発生する可能性の高い事故には漂流事故がある。

しかしこの事故は、これを事前に予見して適切な準備をしておけば高い予防効果を期待でき、また、それでも漂流となった後でも、漂流を起因とした死に至る前に、適切な準備を活用して、その状態から脱出できる可能性が期待できる事故である。

したがって、漂流事故の予防への取り組みは、決しておろそかにしてはいけない。

 

以下では、この漂流事故の予防と、事故時に救助される可能性を高めるために有用な非常用装備品(エマージェンシーグッズ)の意味とその効果を検討し、事故の発生確率の低減や、事故発生後でもその生還率を向上させることに役立つことを目指して論じることとする。

 

バリ島の事故から考える漂流事故発生の要因

2014年2月にバリ島で起きた漂流事故の要因を検討する。

 

漂流事故当時のガイド(インストラクター)であり、また救出されたAさんは、報道陣からの共同質問に「15日午前にヌサペニダ南側を通ったタグボートが今までで一番近かった」とき、安全停止用のシグナルフロートを2本持っていたと解釈できる回答をに電子メールで行った(産経新聞2014年2月19日)。

 

当時、多数の船舶も捜索にあたったとの報道がなされていたが、筆者の解釈通りだったとしたら、シグナルフロートが、航行する船舶に搭載されているレーダーで感知できるものでなかったことが、洋上で早期に発見されなかった原因の1つ、それも強い原因だったのではないかと考えられる。

なぜなら、レーダーで感知できるシグナルフロートを持っていれば、各船舶に、搭載しているレーダーも捜索に使ってくれるよう、事故関係者側から依頼できたからである。

 

しかし、レーダーで感知できないからといって、日常使用のシグナルフロートが洋上で発見される確率がゼロというわけではない。

実際に海況が良かったときに、優秀な日本の海上保安庁のヘリコプターのパイロットによって発見された事例(複数のシグナルフロートを上げていた)がある。

筆者はこれをWeb サイト「ダイビングで死なないためのホームページ」中の「漂流事故の救助事例1」で紹介している。ぜひ、ご一読いただきたい。

 

この事例を調査した当時、筆者は海上保安庁の第十一管区本部を通じて、漂流者を発見した方の発見当時の様子をうかがった。

すると、洋上できらりと光ったのを感じて確認したら発見できた、とのことだった。

 

このとき筆者は、プロの凄さに感じ入ったものだが、一方で、一般のヘリコプターの操縦士や捜索者は、みなこれほどの発見能力を持っているのだろうか、またいつも発見できるような天候・海況を期待できるのであろうか、という懸念も生じていたのである。

 

ダイビングを行う際に準備すべきエマージェンシーグッズとは

今回、過去の多数の漂流事故からの教訓にバリ島の事例も加えられることになった。

 

バリ島の事例は、漂流時に持っていたシグナルフロートが、レーダーで感知できない、日常使いのシグナルフロートだったらしいことが、洋上で発見されるに至らなかった可能性が高かった(筆者はそう思っている)と考えられる。

 

筆者が長年にわたって、学会、インターネット、論文、書籍などを通じて訴えてきたことと同じことを、現在の一般ダイバー、プロダイバーの両者に、重ねてお願いしたい。

 

それは、ダイビングを行う前には、常にそこで起こり得る事故を予見し、そのための体制を準備し、必要器材を常備しておく必要がある、ということである。

 

次に、具体的な非常用装備品(エマージェンシーグッズ)の準備について考えてみる。

 

①知っておくべきこととそれぞれの重要性

ダイビングの事故がまさに起きようとしているときや起きてしまったときに救助される可能性を高める器材には、これまでもホイッスル、ダイブボーン、発煙筒、信号銃、海面着色剤、ライト、レーダー反応型シグナルフロートなどがある。

 

筆者は特に「レーダー反応型シグナルフロート(興亜化工社製 レーダーシグナルフロート)」が、漂流事故対策では優れて効果的と長年訴えてきている。これについては、後述の参考資料を手がかりに、各自確認・勉強していただきたい。

 

またこれに加えて、すでに数年前から存在する、超音波と骨伝導を用いた、水中通話装置のカシオ製のロゴシーズも事故対策に効果的である。

これの研究成果は日本旅行医学会と日本スポーツ法学会で発表している。

 

②効果の程度

最近の事故対策器材では、位置を知らせる電波を発信する機能を組み込んだBC などや、防水対策を施した衛星電話などの活用も考えられるようになっている。

 

以上は、単体、ないしは組み合わせて使うことで、事故の防止や悪化の抑止に大きな効果を示すであろう。

ただ、海洋などの気象条件によっては、それぞれ単体だけでは、また、いくつかの方法を組み合わせたとしても、十分な効果を発揮できない場合が少なからずある。

 

これらをふまえれば、ダイビング事故という危険の回避には、一般ダイバーの側が、まず必要な知識をもとにした事故の予見を行い、実際に対策を行っているダイビング業者を探す努力をし、それを行っていない業者を避ける努力をするべきことがわかる。

 

そして、その努力を生かすために、一般ダイバーは安全のための経費(優良業者には対策費と労力の対価を支払う)を支払う意思を持たねばならない。

 

③装備品の効果の制限リスクと法的なリスク

たとえば、風や雨という条件があると、距離的にダイビングボートなどから大きく離れていなくても、ホイッスルやダイブホーンの音がうまく聞こえなかったり、発煙筒の煙が流される、海面着色が潮の流れなどでうまくいかない、などということがある。

電波を使う器材は、法対策が必要となる場合もあるだろう。

 

さらに、火薬を使う信号銃などの器材は、法律やそれに準じて航空機などへの持ち込みが禁止されているなどの制限もある。

 

ダイビングを行う者は、またダイビングを業とする者は、こういったリスクについても、土壇場になって「知らなかった」ということにならないようにしたい。

 

なお、知らないことが法的責任を回避できる理由とはならないので、注意したほうが良い。

 

④多層的な非常時対策(emergency preparedness)の必要

以上から、ダイビングを行う場と条件をよく検討し、さまざまな事故や事態を予見し、それぞれ「うまくいかなかった場合」を想定した多層的な準備ができるかどうかが、ダイビングを行う際に求められるダイバーの基礎的かつ重要な適正あるいは素養の1つであることがわかる。

 

こういった、「うまくいかなかった場合」の想定をする場合は、みんなに好かれるような前向きな考えにとらわれることなく、一般には嫌われることも少なくない、徹底した後ろ向きな考え方(マイナス思考)を持って、「それでもうまくいかなかった場合」の連鎖を考える必要がある。

 

当然、自分の遭難時に捜索費用が出る保険(特に海外のダイビングポイントの場合)、死亡時の保険(葬儀や住宅ローンなどに充当できる準備)、後遺障害受障時のリハビリ費用や介護費用に補填できる額の保険、助かるとしても、事故で入院加療となった際の医療費補填の費用につながる保険などの手配も、最終的な考慮に入れたほうがいいであろう。

 

こういった多層的な「うまくいかなかった場合」の準備があれば、マイナスの連鎖が起きたときにでも、どこかで何かの準備が引っかかってくれて助かったり、あるいは最悪の事態となっても、残された家族への負担を軽くすることができる可能性が高い。

ここで予見できる損は、使われなかった装備や、事故が起きなかった際の保険の掛け金などであるが、このような損と安全との取引の覚悟のないダイバーは、プロアマを問わず、ダイビングシーン全体におけるリスク要因となるであろう。

 

安全なダイビングの普及のためにProject Safe Dive に期待

最後になるが、事故を予見する考えや態度が大切にされ、そのためにやるべきことに向き合うことが自然に優先されるダイビング文化の浸透こそが、安全なダイビングの普及と、一般ダイバー及びプロダイバーの幸運となることに間違いはない。

 

そういった未来のために、Project Safe Diveの活動が、貢献することを願ってやまない。

 

MEMO 安全にダイビングを楽しむための参考資料

① レクリエーショナルダイビングの消費者問題については、以下の、商品スポーツに関する資料を参照してください。

>『消費者問題としてのスポーツ―商品スポーツの法的問題』(中田誠著/法律時報1103号(2016年9月号)/ 64 〜69ページ)

>『商品スポーツ事故の法的責任―潜水事故と水域・陸域・空域事故の研究』(中田誠著/信山社発行/「2008年で示されている定義ⅶ」2、3ページ)

>公的な文献で商品スポーツの概念や定義について触れている資料としては、2006年3月 東京大学潜水作業事故全学調査委員会の報告書「東京大学における潜水作業中の死亡事故について 事故原因究明及び再発防止のための報告書」(東京大学発表/ 2006年3月)があります。

この19ページ他で、商品スポーツの1つであるスキューバダイビングの一般消費者向けのプログラムを「商品ダイビング」であると説明しています。

>商品スポーツの学説の採用によって、判決が出された裁判例があります。

「スカイダイビング落下事故で会社に約1億円の支払い命令(神奈川新聞電子版)」(神奈川新聞/2009年6月18日付朝刊一面)

 

② 漂流事故に関しては、日本人が複数死亡したペリリュー島(パラオ共和国)の漂流事故も重要な事例(海上保安庁はこの捜索のためジェット機をパラオに派遣した)です。

この事故の報道は、朝日新聞 1994年2月7日、2月10日、読売新聞 同年2月7日、2月9日、2月10日、毎日新聞 同年2月7日、2月9日、2月10日、2月11日、2月15日の朝・夕刊でなされています。

 

③ 漂流事故の対策に関する資料は、下記を参照してください。

>「漂流事故防止と重大化防止のためのレーダー波反射器材による海洋実証試験(実験)報告」
>「漂流者救助に向けた海上保安庁の検証」
>「漂流事故対策-救助されるために必要なこと-」

 

④ 安全に関わる知識を「知らなかった」ですまないとする判例は、土佐高校の事故(生徒がサッカーの大会中に落雷に遭い、重度の障害を負った)の事例があります。

この判決では、事故の危険性を具体的に予見する義務がある立場にある者(これがダイビングならダイビングショップ側やインストラクター、ガイドがこれに該当するであろう)が、過去の落雷事故に関する事例や報告、また最近の調査事例などを知らなかったではすまされないとしています。

裁判所は、安全を守るべき立場のものに対して、落雷について「当然に知識を有しているべきであり、これを有していなかったこと自体が問題」であり、「知識を有していなかったからといって」「安全を守るべき立場としての責めを免れるべき理由にはならない」としています。(平成20年9月17日高松高裁判決/判例時報2029号42ページ/判例タイムス1280号72ページ他)

 

⑤ その他の参考文献

>『自分の命を自分で守るためのダイビング事故防止ファイル』(中田誠著/太田出版発行/ 2000年/138ページ)

>『ダイビングの事故・法的責任と問題』(中田誠著/杏林書院発行/ 2001年)

>『ダイビング事故とリスクマネジメント』(中田誠著/大修館書店発行/ 2002年)

>『ダイビング事故の法的責任と対策〜プロダイバーのビジネスリスク』(中田誠著/商品スポーツスク研究会発行/ 2014年)

※この本はプロダイバー向けに書かれた最新のダイビング事故裁判事例集です。

ただしこれは書店やAmazonなどでは入手できません。

現在は「kenkyu0401@gmail.com」(受注窓口)にメールで発注するだけの限定販売になっています。

プロにとって自分を守るための不可欠な情報元です。

>「レクリエーショナル・スクーバ・ダイビングに関係する死亡・行方不明者数の推移と中高年ダイバーのリスク」(中田誠著/第46回日本高気圧環境・潜水医学会学術総会/ 2011年10月29日)。

この要約は、『日本高気圧環境・潜水医学会雑誌』(Vol.46,No.4 / 2011年/ 266ページ)の「レクリエーショナル・スクーバ・ダイビングに関係する死亡・行方不明者数の推移と中高年ダイバーのリスク」を参照してください。